らなる堂

音楽

No.2 キリンジ "DODECAGON"

キリンジの世界に取り憑かれたのはつい最近のことです。ツタヤでキセルの"近未来"を借りようと思い、「き」の棚に同じく置いてあった"3"を、「エイリアンズだけでも聞いてみるかあ〜」と借りて、先に"3"を聞いたらぶったまげました。それ以来キセルは全然聞いてません。ごめんなさい。"3"についてはまたそのうち。あれは恐ろしいアルバムなので。

 

6thアルバムの"DODECAGON"です。前作はこちらも大傑作な"For Beautiful Human Life"、次作はよりエレポップ気味な"7"です。

ジャケットは相変わらず二人の顔。

前作は堀込兄弟+冨田恵一体制の到達点でありました。堀込兄弟のギターが前面に出て、冨田先生の重厚アレンジ(打ち込みダブルドラムとか)はだいぶ抑えられたのが1st・3rdとの違いですが、「愛のCoda」「スウィートソウル」のストリングスやそこかしこで鳴る鍵盤で華を添えるようなアレンジをしています。この頃は泰行先生の歌声の表現力が増し(高樹先生も)まさに円熟といったところでした。

 

今作はセルフプロデュースですが、初の試みではありません。セルフカバーの「OMNIBUS」(こちらも必聴)で既に行われております。この「OMNIBUS」と前作ではなんとなく彼らのデビュー時におけるスティーリー・ダンなどをイメージするような、フュージョン・ファンクに接近したシティポップ感は薄れており、シンプルなバンドサウンドが押し出された形になっておりました。

 

「DODECAGON」初聞きで受ける印象はやっぱりエレクトロ化したということです。エレクトロ化の布石は既にマシュー藤井隆氏提供の「わたしの青い空」、高樹先生(現在唯一の)ソロ作"Home Ground"で打たれております(特に「絶交」「Soft Focus」)。打ち込みそのものは今までもバンバン使われておりましたが、いわゆるドラムマシンが彼らの作品に台頭するのは今作からです。2006年の作品というのもあってさすがにピコピコシーケンスとかオケヒットは使われてませんが、鍵盤の存在感は大きいです。次作"7"もエレポップな作風ですが、今作と比べるとだいぶ音数が絞られています。また、「自棄っぱちオプティミスト」のアコギカットアップなどはコーネリアスの影響もあるかもしれません("Point"は2001年)。"DODECAGON"は多層的なエレクトロニクスによるアレンジが特徴的です。

ただしそれは高樹先生の話です。泰行先生の曲は「ブルーバード」を除けばややエレクトロニクスは抑えめです。「鼻紙」「愛しのルーティーン」はアコギが主体的ですし、「CHANT!!!!」「Lullaby」はあくまでボーカルがメインに据えられた感じがします。どっちが上かという話ではございませんが、このあたりは兄弟のアレンジ作法の違いが窺えるようでもあります。

 

他に言えることとして、これまで高樹先生はディミニッシュ・オーギュメント・テンション・代理コードなどなどを惜しげなく使い(*1)ポップスの髄を極めたような複雑な曲進行を平気でぶち込んでくるのが特徴でしたが(そしてそれをサラリと歌いこなす泰行先生も恐るべし)、今作では多少シンプルな進行になっております。アレンジの手法を変える上で必要なだったことかもしれませんし、作曲についての方向性が変化したのかもしれません。まあ一番シンプルそうな「ロマンチック街道」もヒネったコード進行で不安定な雰囲気を醸し出してるあたりやっぱりポップ職人です。とりあえず4つ打ちなら何でもええやろの精神とは違う。

 

歌詞については…これまでの地雷のように埋まっていたメタファーやら、うっすらエロを感じさせるフレーズ、一見何を言いたいのかわからない難解さが大分薄れてとっつきやすくなったものと思います。もしかしたら「ロープウェイから今日は」にとんでもないメッセージが隠れてたりするかもしれませんが、その辺は考察の方々にお任せします。わたくしとしてはちょっと物足りないのですが。

 

そういう歌詞の面から見ても一番好きな曲は「Love is on line」です。ピアノとストリングスが美しい。キリンジバラードの一つです。ほとんどエレクトロニクスが使われてないところが泣ける。これで"君"がネカマだったらホントに泣ける。

 

そんなわけで次作からの彼らについては相対的に評価がやや落ちるところが多いのですが、敏腕プロデューサーのもとを離れて自分たちの音楽におけるアイデンティティを模索する姿勢は素晴らしいものでした。今作は、前作の濃厚さがないぶん、場面を選ばずに聞けるのが良いところであります。

 

 

  1. なによりこの人の曲をギター一本でやる上で難しいのは、2拍くらいでこの難しいコードがどんどん切り替わっていくことであります。「雨を見くびるな」のサビ、「愛のCoda」の全部(笑)など。匹敵するのは達郎先生くらいでしょうか。泰行先生もテンションコードはあまり多用しない程度でコードの切り替わりは結構早いです("牡牛座グラフィティ"、"繁華街"など)。